「野村胡堂文学賞」とは
About Nomura Kodo Prize
多様な顔を持つ野村胡堂のなした膨大な業績の中でも、特に捕物小説の一大傑作『銭形平次捕物控』は、江戸の下町を舞台に“岡っ引き”が活躍する国民文学として大衆を魅了し、戦前・戦後を通じて何度も映画やラジオドラマ、テレビドラマ化された。野村胡堂文学賞は、そうした胡堂の「国民的作家」の一面を顕彰する目的で、日本作家クラブが創立60周年記念事業の一環として2012年に創設した、“時代・歴史小説分野を対象にした”文学・文芸賞である。
日 時
Date and time
- 令和5年11月6日(月)
午後4時
会 場
Location
- 神田明神
住所:東京都千代田区外神田2丁目16-2
第11回 野村胡堂文学賞 受賞者ならびに受賞作品
11th Nomura Kodo Prize winners and winning works
■受 賞 の 言 葉
いきなり個人的な話で恐縮ですが、受賞の連絡をいただいた九月十九日は、四十四歳の誕生日でした。
小説すばる新人賞をいただいたのも、ちょうど十六年前のこの時期のことです。もう十六年なのか、まだ十六年なのかはわかりませんが、この間、世の中はずいぶんと変わったように感じます。
戦争だの出版不況だのの暗い話はとりあえず脇に置いて、こと歴史時代小説の世界に関しては、多くの歴史時代ものが直木賞を受賞したり、若い有望な新人作家が次々と登場したりと、明るい材料が多いように思います。何より、歴史時代小説に多様性が出てきたことは、個人的にうれしい限りです。
拙著『猛き朝日』でも、主人公こそネームバリューのある木曽義仲ですが、その周辺には老若男女、身分を問わず様々な人々を配したつもりです。
歴史は言うまでもなく、一握りの英雄豪傑や上流階級の人々だけでつくられるものではありません。源平合戦を例にとっても、雑魚キャラのように死んでいく兵士や、背景としてすらも描かれない庶民たちにも、名前があり、それぞれの人生があったはずです。そうした、脇役として歴史の片隅に追いやられがちな人々の声をできる限り丹念に拾い上げたい。『猛き朝日』は、そうした思いで執筆しました。
他の小説やドラマなどでは義仲の妾とされることが多い巴御前ですが、この作品では恋愛というよりも、性別を超えた同志のような関係にしました。また、同じく妾として描かれがちな葵御前、山吹御前という二人の女性も、義仲への恋慕ではなく、自らの意思で木曽軍に加わります。他にも、『平家物語』では疫病神のように扱われる新宮行家や、無理やり戦に駆り出される平家軍の兵卒など、これまで焦点の当たらなかった人々の視点を取り入れて、この戦乱の時代をできるだけ多角的に捉えようと試みました。
その試みがどれだけ上手くいっているかは読者の皆様に委ねる他ありませんが、こうして賞をいただけたことは望外の喜びです。
今後も、野村胡堂先生はじめ先人の方々が耕してきた土壌に、新しい多様な種を蒔き続けていきたいと考えています。本賞の関係者ならびに本作に関わった方々、読者の皆様に心より御礼申し上げます。
第11回 野村胡堂文学賞受賞
天野 純希
■天野 純希(あまの すみき)氏のプロフィール
1979年生まれ、愛知県名古屋市出身。愛知大学文学部史学科卒業。2007年に「桃山ビート・トライブ」で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
2013年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞を受賞。
2019年『雑賀のいくさ姫』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。
2023年『猛き朝日』で第11回野村胡堂文学賞を受賞。
■選 評
報告と感想
野村胡堂文学賞は、三人の予選委員による一次選考、日本作家クラブ会員の投票による二次選考、最終選考の三段階をへて決定されます。これほど丁寧な選考方法をとっている文学賞は、私の知る限りでは他にはありません。それだけに最も公正で信頼性の高い文学賞といえるでしょう。
予選委員はいずれも書評家、文芸評論家としてすぐれた実績をもつ小説読みのベテランです。この三人の目利きが選んだ候補作品は、得票順に永井紗耶子『女人入眼』、天野純希『猛き朝日』、永井紗耶子『木挽町の仇討ち』、羽鳥好之『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』(以下略)でした。
永井氏の作品がダブりましたが、『木挽町の仇討ち』はすでに山本周五郎賞の受賞が決まっていましたので『女人入眼』のほうを残し、『猛き朝日』『尚、赫々たれ、立花宗茂残照』の三作を第一次候補作品としました。
次にこの三作を会員のみなさんに読んでいただき、投票の結果、『猛き朝日』と『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』の二作が第二次候補作品に選ばれました。永井作品に票が集まらなかったのは、『木挽町の仇討ち』が山本周五郎賞につづいて直木賞を受賞することになったので、胡堂賞まで差し上げる必要はないという判断が働いたのかもしれません。
こうして選ばれた最終候補の二作品について、日本作家クラブ理事長竹内博氏、本賞の第二回受賞者塚本靑史氏、そして不肖私の三人の選考委員がリモートで協議した結果、『猛き朝日』の受賞が決定しました。
『猛き朝日』は、これまで敵役として描かれることの多かった木曽義仲を主人公にした作品ですが、鎌倉幕府成立前後の史実をきちんと踏まえた上で、義に厚く情に熱い魅力的な武人像の造型に成功しています。胡堂賞にふさわしい爽やかな受賞作を得たことを、会員のみなさんとともに慶びたいと思います。
野村胡堂文学賞 選考委員長
郷原 宏
■担当編集者より
木曽義仲、北陸取材紀行
『猛き朝日』は私が過去に担当させていただいた作品の中で、最大級に「持っている」作品だと感じています。はじまりは二〇二〇年の暮れのこと。「天野純希さんの代表作となるような構えの大きな作品を」という上司からの指令を携え、新作の相談にうかがいました。天野さんから出てきたアイデアは、舞台は鎌倉時代、主人公は木曽義仲。戦国や幕末が人気の歴史小説市場においては、「あんまり売れる題材ではないかも……」というのが正直な印象でした。しかし天野さんのプロットに記された木曽義仲という人物の魅力と胸躍るような物語絵図に引き込まれ、この題材でお願いすることになりました。
このときから、『猛き朝日』は様々な幸運に恵まれてきました。二二年の大河ドラマが鎌倉時代に決定という報道が流れ、連載場所も「読売新聞オンライン」という大きな媒体に決まりました。中でも印象的だったのは、取材旅行が決まった時のことです。「木曽義仲を主人公に小説を書きます」という天野さんのSNSでの投稿に対し、まず富山県小矢部市観光課のFさんから連絡をいただきました。同市は木曽義仲ゆかりの地で、取材を全面的にバックアップしてくださるとのこと。それから「木曽義仲」本人を名乗るアカウント(木曽義仲に関する情報やイベントごとについて発信されている、本当に本人かのように義仲に詳しい方でした)からも連絡をいただき、執筆においての情報提供と、取材にも同行し解説をしていただけるとのことでした。
こうして連載開始を控えた二一年の年末、天野さん、小矢部市観光課のFさん、ヨシナカさん(以下この呼称にします)、私の四人の、北陸珍道中が始まりました。私は当時、木曽義仲という人物のことをほとんど知りませんでした。平家を京から追い出して、頼朝に敗北したことは知っています。でも天野さん、Fさん、ヨシナカさんが、ここまで熱狂する彼の魅力とは何なのか。旅の途中でこの疑問を投げてみると、ヨシナカさんからこんな言葉が返ってきました。「この時代で、義仲の一行が一番楽しそうなんですよね」。
そう。頼朝が一族や仲間内でさえも殺し合い、血みどろの様相を呈する時代の中で、義仲たちだけはずっと和気藹々としているのです。仲間思いで男女貴賤関係なく仲間にしてしまう、少年マンガの主人公のような義仲のことがみんな大好き。それは同じ時代を生きた郎党たちだけでなく、後世を生きる地元の人も同じなようで、そこらじゅうに義仲ゆかりの史跡が残されています。たとえば「午飯岡(ひるがおか)」という場所。田んぼの真ん中に大きな石碑が突然現れ、読んでみると「木曽義仲がここでお昼ご飯を食べたので、この地を午飯岡と名付けた」との由。お昼を食べただけで石碑が立つとは、恐るべし地元の義仲愛。
強く記憶に残ったのは、「火牛の計」で名高い倶利伽羅峠でのことでした。義仲が夜中、平家の陣に向かって角に松明をくくりつけた牛を突進させ、混乱を招くことで大勝利を収めたと言われています。彼の英雄譚として語るには一番の見せ場であるこの地ですが、現場を訪れた天野さんはどこか浮かない顔をしているように見えました。今思い返すと、みんなから愛される木曽義仲の姿と、この地で大勢の人の命を奪って勝どきを上げる男の姿が、結びつかなかったのではないでしょうか。
取材を経て、二二年夏に満を持して連載がスタートしました。天野さんの筆は乗りに乗り、毎回目を離すことができない面白さの原稿が届きます。連載後半、ついに倶利伽羅峠の戦いの場面が訪れました。読むや、私は声を上げてしまいました。そして取材時の天野さんの浮かない顔が鮮明に思い出されました。まさか、あの戦いをこう捉えていたとは。いままでにない形で描かれたであろう倶利伽羅峠の戦いこそが、天野さんの歴史小説家としての真骨頂に思えました。どのような描き方をされたかは、ぜひ書籍で味わっていただきたいです。
刊行を控えた二三年二月。事前予約数がすごい勢いで伸びているとの報告が。大河の放映も終わったのに何が起きたのかと調べてみると、Snow Manの宮舘涼太さんが、初春歌舞伎『SANEMORI』にて木曽義仲を演じられたとのこと。SNSで、宮舘さんのファンの方が『猛き朝日』を紹介してくださっているではありませんか。
このように予想だにしない好事に支えられ、『猛き朝日』は刊行に至りました。そして極めつきが今回の野村胡堂文学賞の受賞。「天野さんの代表作となるような作品を」という上司の思いも、今回の受賞で果たすことができたのではないかと、担当としてとても嬉しく思います。Fさん、ヨシナカさん、舘様ファンの皆様、そして選考に携わってくださった皆様に、篤く感謝を申し上げます。何よりここまでの大作を書き上げてくださった天野さんに心よりの御礼と、お祝いの言葉を贈りたいです。『猛き朝日』が木曽義仲と同じぐらい、長く長く愛される作品となりますように。
天野純希著『猛き朝日』担当編集者
金森航平(かなもり・こうへい)
■金森航平氏のプロフィール
1991年、神奈川県生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。2014年、中央公論新社入社。書籍編集局文芸編集部に所属。