「野村胡堂文学賞」とは
About Nomura Kodo Prize

昭和を代表する国民的作家である野村胡堂を顕彰する目的で、日本作家クラブが創立60周年記念事業の一環として2012年に創設、時代・歴史小説分野を対象にした文学・文芸賞。多様な顔を持つ胡堂のなした膨大な業績の中でも、特に江戸の下町を舞台に“岡っ引き”が活躍する国民文学、捕物小説の一大傑作『銭形平次』を著し、戦前・戦後を通じて庶民、大衆を魅了し、勇気づけた。
 

日 時
Date and time

  • 令和4年11月17日(木)
    午後3時

会 場
Location

  • 神田明神
    住所:東京都千代田区外神田2丁目16-2

第10回 野村胡堂文学賞 受賞者ならびに受賞作品
10th Nomura Kodo Prize winners and winning works

蝉谷めぐ実 著『おんなの女房』
(KADOKAWA、2022年1月刊)

■受 賞 の 言 葉

 今回、野村胡堂文学賞の最終候補に選んでもらったと連絡をいただいたとき、まず思い出したのは祖母のことでした。
 私が大学進学で東京へ行くまで住んでいた実家は二世帯住宅で、階段を降りるとすぐに祖父母の部屋があり、私はいつも宿題の漢字ドリルもそこそこに祖母の部屋のこたつに入り込んでおりました。
 高校で古典を教えていた祖母がよくつけているテレビは、なにやら丁髷に着物姿の男たちが大勢出てくる。五十円玉のようなものを人に投げ付け悪人をお縄にする親分が、畳に胡座をかきながら長い棒を口に咥える様は子供目にもえらく格好が良かったもので、真似してポッキーを咥え、ふうと息を吐き出したりしておりました。台詞は何を言っているのか聞き取れませんし、もちろん筋だってちんぷんかんぷんでしたが、それでもするすると進んでいくお話に釘付けで、ドリルは祖母に手伝って貰う羽目になりました。小説を書く際にどうにもリズムに拘ってしまうのは、もしかしたら銭形平次の台詞が頭の中に残っているからかもしれません。
 賞をいただいた『おんなの女房』は作家になってから二作目の作品となります。デビュー作は前のめりになりながら、がむしゃらに書き上げた小説でしたが、二作目は一旦すとんとお尻を落ち着けることができました。だからこそ自分がこれまでの人生で溜め込んできたものをゆっくりなぞりながら書くことができた。この作品には、小さい頃に祖母と観た銭形平次の思い出も染み込んでいるんだろうと思います。
 『おんなの女房』では、女たるもの、女形たるもの、と枠にはまって満足していた人間たちが自らその枠から外れていく様を書きました。私も小説たるものという枠にとらわれることなく、そして、歴史時代小説という野村胡堂先生を始めとした先人の先生方が耕されてきた豊かな土壌をちまちまと掘り返して満足しているのではなく、自分なりの新味を足しながら、色々な作品を生み出していければと思っております。
 改めまして、このたびは野村胡堂文学賞を賜りまして、誠にありがとうございました。身に余る光栄に恐縮しておりますが、この賞の名に恥じない作家になれますようこれからも精進して参ります。本賞に、そして『おんなの女房』に係わってくださったすべての方々に心より感謝申し上げます。

第10回 野村胡堂文学賞受賞
蝉谷 めぐ実

■蝉谷 めぐ実(せみたに めぐみ)氏のプロフィール

(撮影/小嶋淑子)

1992年、大阪府生まれ。
早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を書く。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。
2020年、『化け者心中』で第11回小説 野性時代 新人賞を受賞し、デビュー。21年に同作で第10回日本歴史時代作家協会賞新人賞、第27回中山義秀文学賞を受賞。
22年、『おんなの女房』で第10回野村胡堂文学賞を受賞。

■選 評

新しいチューブから、鮮やかな絵の具

 真面目ひとすじ、こちこちの武家の娘が、役者の女房になった。それも、ただただ親の言いつけを守って見せんがため。
 「お前に縁談が来ていると、父親が言い終わらぬうちに志乃は額を畳に付けて、よろしくおねがいしますと告げていた」という具合。
 なんと、その亭主なる人は、いま売り出しの女形だった。武家の娘が、女以上に女であることを目指し、そのことに命をかけている男のところに嫁に行く。
 女形の役者は、役に打ち込めば、その役の女ごとに立ち居振る舞い、人柄が変化することを求められ、女房はその手近なモデルにされる。しかし、モデルにされていると、意識すればするほど、女房も、どうしていいかわからない。
 台所で蝦蟇を見ての悲鳴でさえも女の声、という女形が亭主なのである。女房をモデルとして、四六時中、鋭い目で観察し、試す亭主。
 志乃はその試験にちょっとでも外れてはならぬと神経を張り詰める。こちらも完璧を目指すところは亭主と同じ。ほとんど狂気じみた、真面目男と真面目女の、芸術至上主義的日常生活。そしてその二人を取り巻く、芝居の見巧者、というか、マニアックな、ビンカン人間たち。
 江戸時代の役者の私生活と芝居の筋の絡み合い。鐘に巻きついて男を焼き殺す蛇の怖さと、どことなく漂う滑稽さ。まるで、浮世絵風ドールハウスに迷い込んで、人形たちの表情、所作を虫眼鏡で観察して感嘆するような趣の、流麗で、緻密な物語。
 そこに絡む役者とその周辺の人間たち。その言葉遣いから、豆腐屋、湯屋などの風俗と、蘊蓄がいっぱい。しかも、そこに少しの滞りも感じさせない、話の運びの流麗さ。それが、あたかも新しいチューブから、鮮やかな絵の具が絞り出されてくる様を見るよう。
 どこやら古色がついていて、それでいて新鮮な、抜群の才能が感じられる。

野村胡堂文学賞 選考委員長
日本作家クラブ評議員 奥本 大三郎

授 賞 式
Commemorative photos

 11月17日(木)、第10回「野村胡堂文学賞」授賞式が神田明神境内の明神会館で執り行われました。受賞作品は蝉谷めぐ実氏の時代小説『おんなの女房』(KADOKAWA刊)。授賞式に先立ち昇殿参拝が行われ、岸川雅範禰宜から受賞者の蝉谷氏に祝詞が奏上されました。 
 授賞式はフリーアナウンサー竹内純子氏の司会で進行し、主催者代表として竹内博日本作家クラブ理事長より蝉谷氏に表彰状と正賞の記念品(万年筆)を授与、副賞として協賛企業の株式会社ファミリーマート・大泉政博氏より賞金が授与されました。奥本大三郎選考委員長の選評に続く受賞者挨拶では蝉谷氏が作品に込めた想いを熱く語りました。版元を代表してKADOKAWAの堀内大示氏による謝辞、野村胡堂のご令孫・住川碧氏から花束の贈呈後、壇上で記念撮影が行われ授賞式は滞りなく終了しました。
 授賞式に出席した文芸評論家で選考委員でもある郷原宏氏は「人気作家は新人のころから文章力が優れています。女流作家では桐野夏生さんや髙村薫さんもデビュー当時から文章力が際立っており、あれよあれよという間に人気作家になりました。受賞された蝉谷さんの文章力にも感心しました。どんなにテーマやストーリーが面白くても文章力のない作家は伸びません。蝉谷さんは小説に登場する人物設定や描き分けが巧みでセリフも隅々まで神経が行き届いています。蝉谷さんは今後さらに伸びるでしょう。文章力のある作家の誕生ですね」と高く評価しています。

左から(敬称略)大泉政博(ファミリーマート)、堀内大示(KADOKAWA)、蝉谷めぐ実(受賞者)、竹内博(主催者)、奥本大三郎(選考委員長)、住川碧(野村胡堂ご令孫)

銭形平次の碑の前にて。
左から(敬称略)大泉政博、花岡詠二、中村信也、住川碧、蝉谷めぐ実(受賞者)、竹内博、郷原宏、竹之内日海

「野村胡堂文学賞」協賛法人・団体
OFFICIAL SPONSORS

株式会社 ファミリーマート

江戸総鎮守 神田明神